一向一揆で荒れた正立寺の跡と古墓
どんな伝承か
鯖江市中野町にあった中野山正立寺の跡である。今からおよそ四百五十年前の大永年間、開祖の兼隆という人が越中からこの地に来た。土地の奥村某が敷地を寄付したので、兼隆はここに堂を建立し、その後百五十年の間この地にあって仏教の布教につとめたという。しかし天正の一向一揆の際、本願寺方についたために織田氏の迫害を受け、寺は一時廃墟となった。万治年間に落井へ移遷し、中野町には今、古墓を残すだけで、道場がこれを管理している。
原典より
今からおよそ四百五十年前の大永年間に、開祖兼隆という人が越中からこの地に来た。—— 鯖江市史 史料編 第1巻(民俗編)――伝説(鯖江市(編)・鯖江市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
鯖江市史 史料編 第1巻(民俗編)――伝説(鯖江市(編)・鯖江市史)
『鯖江市史 史料編 第1巻(民俗編)――伝説』は、福井県鯖江市の市史のうち、史料編第一巻の民俗編にあたる巻である。市内の各町に伝わる伝説を、町名を添えて収め、泰澄・親鸞・弁慶にまつわる木や岩、山姥やてんぐ、たたりのある一本杉、地名の由来を記す古文書の写しなどを載せる。自然物・岩石・動物・家屋敷・城跡・道・橋・寺院・塚墓・人物・事件の項に分け、後半には昔話・笑い話・果なし話と田植え唄などの民謡を置く。