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帰宅後の硬直とタヌキ憑きの危機

所在地京都府亀岡市曾我部町穴太
年代明治31(1898)
登場喜三郎、母よね
出典出口王仁三郎
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どんな伝承か

高熊山から戻った喜三郎は手足が動かず口もきけなくなった。親族はタヌキ憑きとして松葉・唐辛子でいぶそうとしたが、母がいとま乞いと制止し、落涙した涙が顔にかかると手足が動き声が出たという。

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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

出口王仁三郎(村上重良・村上重良・近代民衆宗教史・現代(評伝)/明治〜昭和(対象))

村上重良による出口王仁三郎(1871-1948)の客観的評伝。京都・亀岡の貧農の子・上田喜三郎は、祖父の霊の守護や金神の祟りといった霊異の中で育ち、明治31年の高熊山修業で神人感合に達して宗教者へ転身。長沢雄楯(本田親徳の系統)から鎮魂帰神を相承し、綾部で艮の金神の神がかりにより大本を開いた出口ナオと出会って両教祖の経緯(たてよこ)の仕組みを成す。

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