鞍馬寺の一夜と四方春三の異変
どんな伝承か
一九〇〇年十月、幹部たちの内紛がおさまらないなか、ナオは行き先を告げずに出修の旅に出た。供は喜三郎・すみ夫妻と、喜三郎と張り合っていた四方春三だけで、深夜に発って八木の福島宅へ向かった。途中の榎木峠では火をたいて待っていた福林安之助が人足に加わった。八木で祭典を行ったのち汽車で京都の花園に出て、毘沙門天・千手観音・魔王尊を一体として祀る鞍馬寺をめざして鞍馬山に登った。一行は堂の前で一夜を明かしたが、夜更けに四方春三は何か恐ろしい体験をしたらしく、これを境に体も気力も急に衰え、その秋、十九歳で病死したという。
原典より
一行は堂の前で一夜を明かしたが、夜ふけに四方春三は、何かおそろしい体験をしたらしく、この出修を境に、体力も気力もにわかに衰え、…—— 出口王仁三郎(村上重良・村上重良・近代民衆宗教史・1973年(昭和48年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
出口王仁三郎(村上重良・村上重良・近代民衆宗教史・1973年(昭和48年))
『出口王仁三郎』は、村上重良が昭和四十八年に著した大本教の指導者出口王仁三郎の評伝である。丹波穴太村の小作農の家に生まれた上田喜三郎の生い立ちと修行から、出口直との出会いと大本教の拡大、大正維新と不敬事件、『霊界物語』の口述や入蒙、昭和神聖会と大弾圧、法廷での闘い、晩年までをたどる。「故山の夢」「道の大本」「人類愛善」の三章に分けて叙述し、巻末に略年譜と参考文献を付す。