弥仙山の社にこもったナオとヒヒ猿騒ぎ
どんな伝承か
一九〇一年十月、喜三郎が稲荷講社の線で法人をつくろうと無断で静岡へ出かけたことに激怒したナオは、出発の四日後の十九日、綾部の北東にそびえる弥仙山に登り、ヒコホホデミノミコトを祀る於成神社に一人で籠もった。弥仙山は中世に修験の霊場として栄えた女人禁制の山である。ナオは社の中で筆先を書きつづけたが、四日目に掃除に来た村人に見つかり、お宮にヒヒ猿がいると騒ぎになって巡査まで駆けつけた。ナオは七日目に山を下り、さらに別棟に百日籠もって筆先を書いた。警察はこの岩戸ごもりを問題にしたが、喜三郎が女人結界を禁じた太政官布告を盾に反論して事なきを得たという。
原典より
ナオは、単身で山に籠もり、“筆先”を書いていたが、四日目に、神社の清掃に来た村民の眼に触れ、お宮のなかにヒヒ猿がいるという騒ぎになって巡査もかけつけた。—— 出口王仁三郎(村上重良・村上重良・近代民衆宗教史・1973年(昭和48年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
出口王仁三郎(村上重良・村上重良・近代民衆宗教史・1973年(昭和48年))
『出口王仁三郎』は、村上重良が昭和四十八年に著した大本教の指導者出口王仁三郎の評伝である。丹波穴太村の小作農の家に生まれた上田喜三郎の生い立ちと修行から、出口直との出会いと大本教の拡大、大正維新と不敬事件、『霊界物語』の口述や入蒙、昭和神聖会と大弾圧、法廷での闘い、晩年までをたどる。「故山の夢」「道の大本」「人類愛善」の三章に分けて叙述し、巻末に略年譜と参考文献を付す。