鬼三郎と出た筆先と王仁三郎への改名
どんな伝承か
開祖ナオとの言霊争いが激しさを増したころ、喜三郎は「筆先」に喜三郎は鬼三郎だと出たとして、名を改めるよう強く迫られた。憤慨した喜三郎だったが、『日本書紀』にある、阿直岐と王仁が渡来して『千字文』を献じたという故事を思い出し、阿直岐をナオに、王仁を鬼に通わせて、みずから王仁三郎と名乗ることにした。この改名は一九〇三年、弥仙山の岩戸開きを機に行われたと伝えられる。このとき王仁三郎に憑いている神も、コマツバヤシから坤の金神へ替わったとされた。町役場へ改名を届け出たのは、その翌年の九月だったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
出口王仁三郎(村上重良・村上重良・近代民衆宗教史・1973年(昭和48年))
『出口王仁三郎』は、村上重良が昭和四十八年に著した大本教の指導者出口王仁三郎の評伝である。丹波穴太村の小作農の家に生まれた上田喜三郎の生い立ちと修行から、出口直との出会いと大本教の拡大、大正維新と不敬事件、『霊界物語』の口述や入蒙、昭和神聖会と大弾圧、法廷での闘い、晩年までをたどる。「故山の夢」「道の大本」「人類愛善」の三章に分けて叙述し、巻末に略年譜と参考文献を付す。