由良川畔の松雲閣で始まった霊界物語
どんな伝承か
本宮山の神殿の取り壊しを二日後に控えた一九二一年十月十八日、王仁三郎は綾部の由良川のほとりにある中野岩太宅の松雲閣に静坐し、新しい教典『霊界物語』の口述を始めた。弾圧で神諭が教典から外される形勢となり、かねて温めていた構想を急いで形にする必要に迫られたのである。王仁三郎はたいてい横になったまま淀みなく語りつづけ、原稿用紙三百枚ほどの一巻分をおよそ三日で仕上げた。口述は亀岡や各地の温泉へと場所を移して続き、筆録者は三十五人にのぼり、翌年末には第四十六巻に達した。大正の末までに第七十二巻まで進んだという。
原典より
王仁三郎の口述は、ふつう身体を横たえてよどみなく延々とつづけられ、一巻分(四百字詰め原稿用紙で約三百枚)が平均三日間という、おどろくべき速度で進められた。—— 出口王仁三郎(村上重良・村上重良・近代民衆宗教史・1973年(昭和48年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
出口王仁三郎(村上重良・村上重良・近代民衆宗教史・1973年(昭和48年))
『出口王仁三郎』は、村上重良が昭和四十八年に著した大本教の指導者出口王仁三郎の評伝である。丹波穴太村の小作農の家に生まれた上田喜三郎の生い立ちと修行から、出口直との出会いと大本教の拡大、大正維新と不敬事件、『霊界物語』の口述や入蒙、昭和神聖会と大弾圧、法廷での闘い、晩年までをたどる。「故山の夢」「道の大本」「人類愛善」の三章に分けて叙述し、巻末に略年譜と参考文献を付す。