天恩郷の神声歌碑と全国の歌碑
どんな伝承か
一九三三年十月、霊界物語の最終編となる天祥地瑞の口述が始まり、翌十一月、亀岡の天恩郷に王仁三郎の歌碑三基ができあがった。中央に立つ神声歌碑には、鶴山で妻が錦の機を織り、自分は亀岡で万代を教えると詠んだ自筆の歌が刻まれた。王仁三郎は前の年から、北は北海道から南は喜界島まで全国各地に自ら場所を決め石を選んで四十余基の歌碑を建て、自分の思想と芸術の記念碑とした。
原典より
前年来、王仁三郎は、北は北海道から南は喜界島にいたる全国各地に、みずから場所をさだめ石を選んで、四十余基の歌碑を建立し、自己の思想と芸術のモニュメントとした。—— 出口王仁三郎(村上重良・村上重良・近代民衆宗教史・1973年(昭和48年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
出口王仁三郎(村上重良・村上重良・近代民衆宗教史・1973年(昭和48年))
『出口王仁三郎』は、村上重良が昭和四十八年に著した大本教の指導者出口王仁三郎の評伝である。丹波穴太村の小作農の家に生まれた上田喜三郎の生い立ちと修行から、出口直との出会いと大本教の拡大、大正維新と不敬事件、『霊界物語』の口述や入蒙、昭和神聖会と大弾圧、法廷での闘い、晩年までをたどる。「故山の夢」「道の大本」「人類愛善」の三章に分けて叙述し、巻末に略年譜と参考文献を付す。