亀田の猪を獲り尽くした潟尻の弁三
どんな伝承か
弁三マタギは、由利郡外小友村の修蔵マタギと仲間であった。由利の亀田には猪が多かったが、領主が違うので入りにくい。そこで先方のマタギと兄弟名乗りをして、翌年からは堂々と入るようになった。一日に三頭も猪を獲るので、亀田では「亀田のシシは潟尻の弁三が来て獲り尽した」と言われるほど有名になった。あるとき猪が城下の家の屋根を葺いている所へ逃げ込み、弁三はこれを仕留めたが、普請の場で血を流して穢れがあってはならぬと解体を断り、人々に称えられたという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第2巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第2巻』所収の「文化叙事伝説」64話(岩手・宮城・秋田)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。