紫竹の杖が逆さに繁った藪
どんな伝承か
親鸞は越後在国のあいだ、この地に一宇を営んで住み、近隣の人々を教化したが、教えになびき信じる者は多くなかった。深く嘆いて「此里に親の死したる子はなきか御法の風になびく人なし」と詠じ、なおも説き続けたところ、やがて念仏を称える者は数百人に及んだ。あるとき聴聞の群衆を前に、長く突いてきた紫竹の杖を庭前へ差し込み、自分の説く法が仏意にかない末代に栄えるなら、この枯竹に根と芽が生じて枝が逆さに繁るはずだと告げた。半月もたたぬうちに杖は逆さまに枝葉を繁らせたという。人々が珍しがって伐り取ったため逆さ竹は減り、節はあっても中の筋がない竹や、葉裏を返した竹、逆さに枝の付く竹がまじる程度になった。藪の中の空地は上人の住居の跡と伝える。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第3巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第3巻』所収の「文化叙事伝説」および「自然説明伝説」全65話(山形・福島・新潟)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。