柏倉の秀郷と百足退治
どんな伝承か
田原藤太秀郷が三夜沢の赤城神社へ参ろうと柏倉のあたりまで来ると、水がたまって進めない。川べりに立つと丸太の橋が架かり、渡って振り返ると橋は消えていた。少し上った百足山で休んでいると、幼い娘を連れた女が現れ、上の二人の子を百足に殺されたと訴えて娘を託す。秀郷は矢に唾をつけて百足を射倒し、娘を赤堀の道元夫婦に預けた。娘は十六の年に熱病にかかり、小沼へ運ばれると水へ入って梵天の姿になったという。赤堀の家では今も五月八日に赤飯を沼へ流す。
原典より
田原藤太秀郷が三夜沢の赤城神社へお参りに行こうとして、(柏倉の勢多橋のあたりを通ったとき)くぼみがあって水がたまっていて通れないので、川のふちに立っていた。—— 日本伝説大系 第4巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第4巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房))
『日本伝説大系 第4巻』は、日本の伝説を話型ごとに集成した叢書『日本伝説大系』の一冊である。茨城・栃木・群馬の三県に伝わる伝説を、男体・赤城の神争いや榛名湖の入水譚、平将門・源義家・親鸞・弘法大師などの事跡、河童・竜宮・長者・石・姥捨・九十九谷などの話型ごとに収める。各項は代表となる伝承地の話を掲げ、〔類話〕に各地の聞き書きを伝承者名や出典とともに並べ、〔文献〕に縁起・地誌などの古記録を抄出し、柳田・高木による話型名を添える。