成田に留まった調伏の不動明王
どんな伝承か
成田山の不動明王は弘法大師の作で、もとは洛陽高尾山神護寺の護摩堂の本尊であったと縁起は説く。朱雀天皇の御代、下総相馬に新都を構えて平親王を称した将門を討つため、朝廷は諸寺の高僧に降伏の秘法を命じた。広沢遍照寺の僧正寛朝は勅命を受けてこの尊像を奉じ、難波から船で下総の海岸に着き、成田の里に一宇を構えて調伏の護摩を修した。まもなく将門は矢に当たって落馬し、俵藤太秀郷に首を討たれる。のち尊像は磐石のごとく動かず、この地にとどまって新勝寺となったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第4巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房))
『日本伝説大系 第4巻』は、日本の伝説を話型ごとに集成した叢書『日本伝説大系』の一冊である。茨城・栃木・群馬の三県に伝わる伝説を、男体・赤城の神争いや榛名湖の入水譚、平将門・源義家・親鸞・弘法大師などの事跡、河童・竜宮・長者・石・姥捨・九十九谷などの話型ごとに収める。各項は代表となる伝承地の話を掲げ、〔類話〕に各地の聞き書きを伝承者名や出典とともに並べ、〔文献〕に縁起・地誌などの古記録を抄出し、柳田・高木による話型名を添える。