料理屋宮本でおはなと再会した熊
どんな伝承か
熊は田沼から自分の家にちょっと寄り、赤池の方へ出て本大須賀村へ向かった。田沼から本大須賀村までは三里ほどの道である。走るように歩いて伊篭の宮本という料理屋へ上がり、夕日の射す二階の廊下を進んでいくと、一室から障子を開けて顔を出した者がある。酒で目元を紅くしたおはなであった。逃げていた女に思いがけず出会い、おはなは呆れたように声を上げる。室の中には長松が此方向きに坐って杯を持っていた。長松は落ち着かぬ声で「今日こちらに用事があって来たらおはなさんがいた、おまえのことを話していたところだ」と言い、熊は再会の喜びのあまりその場の陰りに気づかなかった。
原典より
それは酒で眼元を紅くしたおはなであつた。—— 奇談全集 現代篇(田中貢太郎・奇談全集) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
奇談全集 現代篇(田中貢太郎・奇談全集)
『奇談全集 現代篇』は、田中貢太郎が幕末から大正にかけての事件や奇談を読み物に仕立てた作品集である。明治十一年に相模の真土村で起きた松木騒動、大正十五年に千葉の久賀村一帯で起きた鬼熊の事件、香取郡の連続殺人、伊賀上野の破獄、京都の天誅などを、記録や関係者の話をもとに描き、松木騒動には筆者が大正六年に現地を訪ねた補遺を付す。播磨屋橋遺聞のように、筆者自身が創作と断る話も含む。