かさねが淵と法蔵寺に残る累の跡
どんな伝承か
羽生村に累の古墳がある。下総岡田郡羽生村の百姓与右衛門の妻かさねは、正保四年八月十一日、夫の手で絹川において殺された。その場所はいまもかさねが淵と呼ばれる。与右衛門はその後五人の後妻を迎えたが、いずれもかさねの霊に取り殺された。六人目の妻が娘きくを生み、きくが十三の年に母もまた取り殺される。翌年の正月から累の怨霊はきくに憑いて苦しめたが、三月十日に尊い教えに会って累は成仏し、きくは命を助かったという。与右衛門はのち剃髪して西入と称した。羽生山法蔵寺は堀越家代々の菩提寺で、累と助ときくの石碑が立つ。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第4巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房))
『日本伝説大系 第4巻』は、日本の伝説を話型ごとに集成した叢書『日本伝説大系』の一冊である。茨城・栃木・群馬の三県に伝わる伝説を、男体・赤城の神争いや榛名湖の入水譚、平将門・源義家・親鸞・弘法大師などの事跡、河童・竜宮・長者・石・姥捨・九十九谷などの話型ごとに収める。各項は代表となる伝承地の話を掲げ、〔類話〕に各地の聞き書きを伝承者名や出典とともに並べ、〔文献〕に縁起・地誌などの古記録を抄出し、柳田・高木による話型名を添える。