絹川に沈められた累の怨霊と祐天の念仏
どんな伝承か
慶長のころ、下総の羽生村の百姓与右衛門は連れ子のある寡婦を妻にしたが、連れ子の醜さを憎んで妻を責め、妻はやむなく子を絹川に投げ込んで殺した。その後生まれた娘は死んだ子に生き写しに醜く、因果が重なったのだと人々はかさねと呼んだ。両親の死後、かさねは六十六部の旅の男を婿に迎えたが、男は妻を憎んで豆刈りの帰りに川の泥へ突き落として殺した。そこは連れ子が沈められたのと同じ場所だった。のちに後妻との娘の菊にかさねの霊が憑いて恨みを口にし、医者も祈祷師も手に負えなかったが、弘経寺で学んでいた祐天が念仏で霊を鎮め、与右衛門も悔いて仏門に入った。菊は長生きし、その墓も累の墓とともに菩提寺の法蔵寺にあるという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説叢書 下総の巻(藤澤衛彦・日本伝説叢書・1919年(大正8年))
『日本伝説叢書 下総の巻』は、藤澤衛彦が編著し、大正七年の緒言と大正八年の序を添えた下総国の伝説集である。平将門・佐倉宗吾・真間の手児奈・累などを中心に、千葉県と茨城県西部にまたがる旧下総の城跡・寺社・墓・橋・井戸などにまつわる伝説を、地誌や古記録の引用を交えて収める。緒言で百七十九編を収めると述べ、国名の由来から始めて、話ごとに所在の町村名を付した見出しを立てて並べる。