宮島郷の俊寛塚と娘の比丘尼塚
どんな伝承か
治承年中、俊寛僧都が鬼界島へ流されたとき、丹波少将成経の舅にあたる平教盛の計らいで、その領分である越中国宮島郷に隠れ住むことになったという。やがて成経と康頼の二人は赦免されて都へ帰ったが、俊寛はこの地に留まり、ついに生涯を終えた。屋敷の跡にそのまま築いたものか、十四間四方ほどの小高い塚が残り、境墓と伝えられている。その西北一町ばかりの所には比丘尼塚がある。父を尋ねて来た僧都の娘が老いを助け、亡きあとも庵を結んで弔い続けて果てた、その印の塚だという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第6巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房))
『日本伝説大系 第6巻』は、富山・石川・福井の北陸三県の伝説を集めた伝説集成の一巻である。神々の国争い、弘法大師や義経の遍歴、片目の魚、猿神や化物の退治など、伝承地を示した話を掲げ、県別の類話と古記録の文献記事を添える。巻末に福田晃の解説「主人公にたどる伝承世界」と、県ごとに近世の地誌から市町村史・民話集までを並べた使用資料一覧を置く。