江ノ島に流された法印の呪詛
どんな伝承か
豊臣方の武将片桐且元の孫と伝わる栄存法印は、寛永の頃に石巻牧山長禅寺の住職となり、聖観世音や零羊崎神社を再興して人々の尊信を集めた。しかし邑主笹町頼重がその信望を嫉み、罪状を捏造して訴えたため、法印は孤島の江ノ島へ流罪となる。法印は島の庵室と物見石で石巻湊町の方角に向かい呪詛の修法を続け、天和元年二月、遺言を残して没した。以後、湊町では大火が続き、笹町家では頼重が幽鬼に襲われて妻子を斬り、自らも狂って九族が絶えたという。島民が遺言どおり葬り直すと島は平安に戻り、享保の頃に罪を赦されて牧山に栄存神社として祀られた。
原典より
石巻牧山と女川町江ノ島栄存神社の栄存法印にまつわる怪異な因縁話は、妖怪変化・幽霊譚としてよりも、むしろ伝説化されて有名になっている怪異譚であるが、一応記しておく。—— 宮城県史 民俗編(宮城県史シリーズ・昭和中期(推定1960-1970年代)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
宮城県史 民俗編(宮城県史シリーズ・昭和中期(推定1960-1970年代))
宮城の民間信仰と禁忌(宮城県史民俗編)/禁忌を破る祟りと火玉/河童・狐狸の怪/年中行事と俗信/地域の幽霊・妖怪伝承