宮島郷に残された俊寛の塚
どんな伝承か
治承年間、平康頼・成経・俊寛の三人の陰謀が露見して鬼界島へ流されたが、実際には鬼界島と偽って越中国礪波郡の宮島郷へ送られたのだという。三人は比売神社に毎日参り、滝に打たれて都へ帰る日を一心に祈った。やがて成経と康頼は赦免されて帰洛し、俊寛だけがこの宮島に残されて苦しい暮らしを続けたと伝える。俊寛はこの地で生涯を終えたので俊寛塚が築かれ、岩崎には俊寛が手ずから植えたという松がある。また俊寛は一時、福岡町沢川へ身を隠したともいい、その神社の神体は俊寛の守り本尊であったと伝えている。
原典より
治承年間に、康頼、成経、俊寛の三人の陰謀が発覚されて、とうとう鬼界島へ流罪になったという。—— 日本伝説大系 第6巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第6巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房))
『日本伝説大系 第6巻』は、富山・石川・福井の北陸三県の伝説を集めた伝説集成の一巻である。神々の国争い、弘法大師や義経の遍歴、片目の魚、猿神や化物の退治など、伝承地を示した話を掲げ、県別の類話と古記録の文献記事を添える。巻末に福田晃の解説「主人公にたどる伝承世界」と、県ごとに近世の地誌から市町村史・民話集までを並べた使用資料一覧を置く。