栗栖の入口に立つ俊寛の塚
どんな伝承か
能登と越中の境に宮島という所があり、能登寄りの庄を栗栖と呼ぶ。その村の入口に俊寛の塚があると地誌は記す。俊寛と丹波少将成経、平判官康頼の三人が配された旧跡は熊野方郷の打村にあり、成経と康頼が帰洛を祈った熊野権現の大社も山麓に建つ。三人が酒を酌んだ所を酒見、迎え合った所を相坂、住んだ所を三名村、有王童子が俊寛に会った所を相見村と呼ぶという。越中射水郡の関野神社の社記にも同じ話が載る。三人は硫黄島へ流されたことになっているが、実はこの地に縁があって来たのだと記している。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第6巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第6巻』所収の「文化叙事伝説」全44話(福井・富山・石川=北陸)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。