刃の雉に敗れた七人の武士の塚
どんな伝承か
桓武天皇の頃、遠州佐野郡日坂の里に刃の雉という怪鳥が出没し、住民や旅人を悩ませているという噂が京に伝わった。朝廷から七人の武士が派遣されたが退治することができず、追いまくられて久努郷(現・袋井市)まで逃げ帰り、七人は雉を恨み、都を懐かしみながら腹を切って死んだ。里人は七つの塚を造って葬った。その塚に生えた葦の葉が東の一方へしか伸びないのは、七人の者の刃の雉に対する恨みが籠められているからだと伝えられる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第7巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房))
『日本伝説大系 第7巻』は、愛知・静岡・岐阜・長野の四県の伝説を集めた伝説資料集の一巻である。笠寺観音や日本武尊から天狗・山姥・八百比丘尼・夜叉ヶ池、石や池や塚の由来、白米城・一夜山まで九十七の項目を立て、口承を中心とする伝承を収める。各項目は伝承地を明記した例話を冒頭に置き、『日本伝説名彙』などの対応する題名を添えたうえで、〔類話〕〔参考〕〔文献〕を続けて近世以前の記録の原文まで示す。