見ると三年で死ぬという鬼神塚の祭
どんな伝承か
『丹哥府志』の記す鬼神塚。麻呂子皇子に討たれた夷賊の墓で、十五、六も処々に散らばっている。昔は四、五尺ほどの石を建てていたが、今は半ば土に埋もれて一つが残るのみで、後に新しく石を建てて鬼神塚と刻んだという。その祭りは異様で、まず竹野村の下社家三十六人が斎戒沐浴して前夜から清浄な家に籠り、翌日そろって宮村に集まり、社司桜井氏とともに牧の谷へ行って呪文を唱える。祭に立ち会うのを見られた者は三年のうちに命を落とすといい、誰も見に行かない。夜半に社司が飯に砂を混ぜて供えるとも伝える。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第8巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房))
『日本伝説大系 第8巻』は、黄地百合子・酒向伸行・田中久夫が滋賀・京都・兵庫の三府県を分担して執筆し、福田晃がまとめた伝説集である。丹波の湖を神々が切り開いた国造りの話、神同士の争い、英雄や長者の盛衰、蛇と人の話、魚・鳥・石・塚・祠堂の由来などを、各地の口承や記載資料から集める。第一部「文化叙事伝説」と第二部「自然説明伝説」に分け、各話を例話・類話・文献・参考の順に並べ、高木敏雄・柳田国男の対応する話名を付す。