江州から山口へ落ちのびた惟喬親王
どんな伝承か
天安二年に清和天皇が即位されると、惟喬親王はその追及を避け、随身の臣下とともに江州から御池岳の龍華越を経て山口へ来られ、しばらく逗留された。都からの追跡が急だったので、従臣八百八十人を山口に残し、近侍の家来を少々召し連れて、その年の十一月中旬に東漸寺へ移り、野尻の伊原宮にも参籠された。この間、治田東村にいた家臣昭秀明の案内で村内の名勝を巡覧し、塩崎へ出て桑名から運んだ海水で塩を作る様子を視察されたという。大貝戸の旧庄屋馬場家の覚書には、祖先の馬場信方が親王誕生の折に奉仕し、江州大君畑村での閑居にも仕えたと書き伝えている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第9巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第9巻』所収の「文化叙事伝説」および「自然説明伝説」全100話(奈良・大阪・和歌山・三重=近畿南部/紀伊)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。