飢饉の年に頓地へ残った二度栗
どんな伝承か
昔は米も今ほど穫れず、年貢は高く、大風や長雨があれば自分の作った米も口に入らず、ひどい時には餓死するような飢饉があったという。大人も子供も食べ物を始末し、山になるものを取って食い扶持に当てた。そんな飢饉の年のこと、頓地の子供らが山へ栗を取りに行った帰りがけに、よろけた坊さんが通りかかった。腹を減らしていると見た子供らは、多くもない栗を差し出した。坊さんは喜び、自分の大事な食い物を見も知らぬわしにくれるとは仏様の心そのままだ、これから先は頓地に年二度実がつくよう祈ってあげよう、と言って去った。それからは頓地に二度栗といって、年に二度実がなる栗の木が残っているという。坊さんはお大師様だった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第10巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房))
『日本伝説大系 第10巻』は、全国の伝説を型ごとに分けて集めた叢書の一巻である。岡山・広島・山口の三県を伝承地とし、蘇民将来、吉備津彦と温羅、厚狭の寝太郎、化け猫、河童駒引き、夜泣き石、姥棄て山などの伝説を、聞き書きや市町村誌、民話集から採って収める。「文化叙事伝説」と「自然説明伝説」の部に分けて番号順に並べ、各話には伝承地と本文のあとに〔類話〕と近世の地誌などを引く〔文献〕を添える。