左手を彫り残された毘沙門天
どんな伝承か
祖谷を訪れた弘法大師は、深渕で一夜のうちに毘沙門天の像を刻もうとした。これを知ったあまのじゃくが邪魔だてを企て、まだ暗いうちから鶏の鳴きまねをする。大師はもう朝になったと思い込み、左手だけを彫り残したまま、その像を久保へ投げつけたという。久保の毘沙門天堂に祀られる毘沙門天に左手がないのは、そのためだと語られている。
原典より
<高木——「道明寺」柳田―「九十九谷」>昔、弘法大師が祖谷へやって来て、深渕で毘沙門天の像を夜中かかって彫ろうとした。—— 日本伝説大系 第12巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第12巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房))
『日本伝説大系 第12巻』は、四国四県(香川・愛媛・徳島・高知)の伝説を話型ごとに集めた伝説集成の一巻である。神々の争いや大人の足跡、弘法大師の彫り残しや麦の種、英雄の誕生、長者、人柱、蛇聟、狼の報恩、化猫退治、首切れ馬、夜泣石、地蔵の霊験などを、町村誌や地方の伝説集、昭和五十三年度立命館大学説話文学研究会の採集調査稿から採る。百三十九話に通し番号を付け、各話に伝承地と出典、高木・柳田の分類名を添え、県別の〔類話〕と〔文献〕を続ける。