霊子が火舟で仕留めた椎門の大魚
どんな伝承か
坂出市に伝わる綾姓系譜の記事である。景行天皇二十三年、西海に舟を呑む大魚が現れ、土佐の南海を根城に阿波の鳴門や讃岐の椎門を往来して船を覆し人を食ったため、海路が絶えた。天皇は小碓尊に討伐を命じ、尊は十五歳のわが子霊子を遣わした。同二十五年、大魚が讃岐の椎門に来ると、霊子は阿野川のほとりで丸木をくり抜いた舟を造って烈火を積み、舟子十七人と兵士六十三人を乗せてわざと呑まれた。舟子が火を放ち兵士が刃で刺すと、大魚は阿野の福江に漂着して死んだが、官兵は毒気に倒れた。霊子だけが魚の腹を裂き、五日目に外へ出た。童子の瓶の水を兵士に注ぐと皆蘇ったので八十生水と名づけ、この童子が横汐明神であるという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第12巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第12巻』所収の「文化叙事伝説」全139話(香川・徳島・愛媛・高知=四国)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。