妙円寺西の桝洗池と飢山から勝山への改名
どんな伝承か
『伊予温故録』の一条。桝洗池は味酒村の妙円寺の西側にある小池で、大同年中に土地の富豪が桝をこの池で洗ったところ、ほどなく家が貧しくなり、以来桝を洗うことを嫌うと伝える。俚人談では、勝山に住む貧しい者が横谷の毘沙門へ百日の丑の刻参りをし、夜ごと辺りの竹を目印に持ち帰った。九十九夜目に毘沙門から我が舎を荒らすなと告げられ、百日かけて竹を運び返して祈願が成就した。それから富み栄えたが、財の多さに心身を苦しめて貧しい身に戻りたいと望み、ある人に教わって池の辺で桝を洗い底を叩くと、次第に貧しくなって飢え死にした。勝山はもと飢山といったが、築城の折に加藤嘉明が山の名を問い、土地の者が勝山と答えたという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第12巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第12巻』所収の「文化叙事伝説」全139話(香川・徳島・愛媛・高知=四国)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。