百騎で越えたので百坂という坂道
どんな伝承か
源頼朝の軍勢が富津市の吉野を通ったとき、その数が百騎であったことから、そこの坂道は百坂と呼ばれるようになったという。同じように君津市の小山野と植畑には、いずれも三百坂という坂道が残っている。さらに軍を進めて君津市の大井から木更津市の矢那へ抜ける坂道は、千騎坂と呼ばれている。いずれも頼朝の軍勢の数にちなんで付けられた坂の名だと伝えられている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第5巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房))
『日本伝説大系 第5巻』は、叢書「日本伝説大系」の一巻をなす伝説資料集である。埼玉・千葉・東京・神奈川・山梨の伝説を扱い、二つの太陽、蹴裂明神、ダイダラボッチ、平将門、源頼朝、豪徳寺の招き猫、黒塚、山の背競べ、親捨てなどの話ごとに、口承を重んじて選んだ例話を掲げる。各項は例話に〔類話〕〔文献〕〔参考〕を添え、類話は伝承地ごとに梗概で示し、文献は近世以後の史料を原文で抄出し、柳田・高木の分類による話型名を併記する。