肘の傷を癒やした肘切神社
どんな伝承か
南海部郡直川村の上直見宮ノ下にある肘切神社の由来である。緒方三郎惟栄の追捕を逃れた平家の落人、平光世・光国の兄弟が佐伯の庄まで落ちてきた。蕎麦の花が白くなびくのを見て「なお海なるや」と問われたのが、なおみという地名の起こりだという。村人が落人と見て矢を射かけ、光世は肘を負傷したが、その夜、厳島三柱の大神が夢枕に立った。三柱を勧請して祈ると痛みはたちまち癒えたという。兄弟はさらに深山へ逃れたが因尾の里で捕らえられて果て、その怒霊が祟ったので里人は神として祀った。村人も社を建て、肘切神社と崇めたと伝える。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第13巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第13巻』所収の「文化叙事伝説」全35話(福岡・大分・佐賀・長崎=北九州)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。