天女に迷った隆信沙門の経塚
どんな伝承か
九千部山とよばれるようになったのは、天暦五年の晩秋に起こった出来事によるという。この地方の飢饉を憂えた隆信沙門が山頂で法華経一万部を読誦する願を立て、九千部まで読み終えた満願の直前に天女が現れた。天女を抱いた沙門は、やがて白骨となって見つかったという。それ以来、沙門をしのんでこの山を九千部山と呼ぶようになり、石谷山の頂には沙門を葬ったという経塚が築かれた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第13巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第13巻』所収の「文化叙事伝説」全35話(福岡・大分・佐賀・長崎=北九州)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。