赤猫が仇を討った天面山
どんな伝承か
天正の頃、薩摩勢が豊後へ攻め入ったとき、柴田紹安の籠る天面山も包囲を受けた。城主は長く籠城したがついに力尽き、倉に蓄えた米麦を谷へ流し落とし、ことごとく焼き捨てて脱出した。いまも城址からは焼け残った穀物が出て、腹薬になるといって拾って食べるという。この城には常に赤猫と鶏が飼われていたが、落城とともに鶏は池に落ち、赤猫は逃れて島津の家臣の家に隠れ、主人の仇を討ったと伝わる。鶏は毎年元日の朝、城址で鳴くという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第13巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第13巻』所収の「文化叙事伝説」全35話(福岡・大分・佐賀・長崎=北九州)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。