僧都岡の南に立つ唐船石
どんな伝承か
唐船石は僧都岡の南の曠野にあり、田上の合戦場とはわずかに場所を隔てている。石の高さは五、六尺、周りは六囲ほどで、形が唐船に似ているのでこの名がついた。傍らには松が二、三株ある。永禄の初め、明の人が船を浮かべて来聘した。船は巨大で貨財を多く積み、ついに京へ達したという。将軍源義輝が小島備前守を遣わしてその船を監視させたが、威勢を張って長崎氏と折り合わず、長崎氏が夜襲して討ち、ここに葬った。この巨石を塚とし、この松を目印としたのだと伝える。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第13巻(山中耕作・宮地武彦(執筆・整理)/荒木博之(解説)・日本伝説大系(みずうみ書房))
『日本伝説大系 第13巻――北九州(福岡・大分・佐賀・長崎)』は、福岡・大分を山中耕作、佐賀・長崎を宮地武彦が執筆・整理し、荒木博之が解説を担った伝説資料集の一巻である。姫島、うつぼ舟、百合若大臣、黒髪山の大蛇退治、平家谷、炭焼小五郎、河童、白米城など、北九州四県に伝わる伝説を題目ごとに収める。各題目は口承を重んじて選んだ例話を冒頭に据え、県別の類話を梗概にして伝承地と出典名を添え、近世以後の史料を文献として抜き出す編み方をとる。