舟形宅地に残る俊寛の墓
どんな伝承か
俊寛の墓は、下名の山内寺から一町ばかり寅の方角にある。墓のある土地は舟形宅地と呼ばれてきた。土地の者の届け出によれば、鬼界島へ流された康頼・成経・俊寛の三人のうち二人は早くに赦されて都へ上り、俊寛ひとりが島に残されたが、京から下ってきた家臣が伴い帰った。ところが船中で病を得たため、この村の荒崎津に船を着け、山内寺に身を寄せてついにこの寺で没したという。もとはこの地も山内寺の境内であったが、今は官地になっている。山内寺には俊寛が持っていた器財なども天正の頃まで伝わっていたが、その後失われたという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第14巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第14巻』所収の「文化叙事伝説」「自然説明伝説」全75話(熊本・宮崎・鹿児島=南九州)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。