刈ると目が潰れる太郎殿の藪
どんな伝承か
相生集の古跡類によれば、慶正寺は富久山町久保田の山王館の東二丁ばかりにあったという。今はその寺の面影を偲ぶことはできないが、その場所には寛保三年に建てられた五輪の塔があり、太郎殿の墓と呼ばれている。六十年ほど前までは道より高く、下には幅一メートルほどの川が流れて子どもの魚採り場であったが、耕地整理で田の中に取り残され、一本の欅と塔を埋める藪だけが伸びた。誰がいうともなく「あの藪を刈ると眼が潰れる」といわれ、実際に藪を刈った耕作者はまもなく片眼になり、別の女性も目を患って片眼となった。のちに駐車場にするため土盛りをしたところ、工事の主任が一夜にして歿し、係員も大病したという。今も香花が絶えない。
原典より
慶正寺は富久山町久保田の山王館の東二丁ばかりにあると相生集の古跡類に記されている。—— 郡山の伝説(郡山市教育委員会(編)・大島建彦(監修)・ふるさとの文化財調査事業・1986年(昭和61年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
郡山の伝説(郡山市教育委員会(編)・大島建彦(監修)・ふるさとの文化財調査事業・1986年(昭和61年))
『郡山の伝説』は、郡山市教育委員会が大島建彦の監修を受けて昭和六十一年に編んだ伝説集である。昭和五十九年度の「ふるさとの文化財調査事業」で調査員が市内全域から採集した伝説を中心に、郷土誌などで補った話を収め、采女伝説や坂上田村麻呂・源義家・弘法大師にまつわる話が多い。『日本伝説名彙』にならって木・石岩・水・塚・坂峠山・祠堂・家村・祭礼行事の部に分け、各話に伝承地と報告者名を添え、巻頭に監修者の解説を置く。