中山の峠に湧く五百川の水源
どんな伝承か
昔、久安の頃、ある皇子があやまちを犯し、死罪を許されて遠流されることになった。場所は定めず、京から五百の川を越えた所へ去れというのである。皇子に従った警護の司人は誠実な人で、道筋の川を残らず、わずかな小堀まで数に入れて帳に記しながら供をしたが、なかなか五百にはならず、ようやく安達と安積の境、高倉と仁井田の間の川で五百を数えた。無事に送りとどけた司人は、これは猿田彦大神の恵みであろうと考え、五百川の川上を尋ねて中山の峠にきれいな清水を見つけ、これを源として身を清め、その嶺に猿田彦神を勧請したという。その清水を「ちまたの清水」といい、川筋には司人を祀った帳附大明神が数社見られる。
原典より
昔、久安の頃、ある皇子が何かあやまちを犯したので死罪になるところをゆるされ、遠流されることになった。—— 郡山の伝説(郡山市教育委員会(編)・大島建彦(監修)・ふるさとの文化財調査事業・1986年(昭和61年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
郡山の伝説(郡山市教育委員会(編)・大島建彦(監修)・ふるさとの文化財調査事業・1986年(昭和61年))
『郡山の伝説』は、郡山市教育委員会が大島建彦の監修を受けて昭和六十一年に編んだ伝説集である。昭和五十九年度の「ふるさとの文化財調査事業」で調査員が市内全域から採集した伝説を中心に、郷土誌などで補った話を収め、采女伝説や坂上田村麻呂・源義家・弘法大師にまつわる話が多い。『日本伝説名彙』にならって木・石岩・水・塚・坂峠山・祠堂・家村・祭礼行事の部に分け、各話に伝承地と報告者名を添え、巻頭に監修者の解説を置く。