竜宮に人身御供を取られる深淵
どんな伝承か
猪苗代湖の上戸山潟港・志田浜・長瀬川新川崎・湖東の浜路港から直線を引き、大崎鼻の沖合二百メートルほどでぶつかる地点は湖水の一番深い所で、昔から「三把菅」といわれて舟方たちに恐れられてきた魔の湖である。ここで難破すると舟もろとも沈み、遺体は見つからないという。明治の文明開化ののちも百駄ン舟が沈み、昭和に入っても水死体の上がらぬ事故が度々あった。舟方たちは竜宮の人身御供に取られたという。昭和十年ごろには汽船会津丸が三把菅で得体の知れぬ波に大揺れし、積んだ米俵十七俵を取られた。竜宮の大亀を見たと語った者は次々に死んでいったとも伝えられる。
原典より
猪苗代湖の上戸山潟港からと、志田浜からと、長瀬川新川崎からと、湖東の浜路港からと、直線を引いて、大崎鼻の沖合二百メートルぐらいの所でぶつかる地点は、湖水の一番深い所で昔から「三把菅」といわれて、舟方たちに恐れられている幽…—— 郡山の伝説(郡山市教育委員会(編)・大島建彦(監修)・ふるさとの文化財調査事業・1986年(昭和61年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
郡山の伝説(郡山市教育委員会(編)・大島建彦(監修)・ふるさとの文化財調査事業・1986年(昭和61年))
『郡山の伝説』は、郡山市教育委員会が大島建彦の監修を受けて昭和六十一年に編んだ伝説集である。昭和五十九年度の「ふるさとの文化財調査事業」で調査員が市内全域から採集した伝説を中心に、郷土誌などで補った話を収め、采女伝説や坂上田村麻呂・源義家・弘法大師にまつわる話が多い。『日本伝説名彙』にならって木・石岩・水・塚・坂峠山・祠堂・家村・祭礼行事の部に分け、各話に伝承地と報告者名を添え、巻頭に監修者の解説を置く。