刑場跡の地蔵山に出る女の亡霊
どんな伝承か
福良の古寺千手院の山門に近く、鎌倉街道のかたわらに地蔵山と呼ばれる離れ小山がある。昔、この山の北裏は仕置場であった。小さな凹字形の深い池があり、首をはねた死体を投げ込むとたちまち沈んでしまったという。杉の木を池の上に倒したところ吸い取られて消えたので、人々は一里も離れた猪苗代湖の底に地下川で通じているのかも知れないといった。近くの橋のたもとに住んだ人斬り三左は、無実の男女をも斬った良心の咎めから、毎晩、子どもを抱いた散らし髪の若い女の亡霊に悩まされた。ある夜あとをつけて斬り伏せたが、翌朝そこには阿弥陀の板碑が縦に斬り下げられていたという。
原典より
福良の古寺千手院の山門に近く、鎌倉街道のかたわらに、地蔵山と呼ばれる離れ小山がある。—— 郡山の伝説(郡山市教育委員会(編)・大島建彦(監修)・ふるさとの文化財調査事業・1986年(昭和61年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
郡山の伝説(郡山市教育委員会(編)・大島建彦(監修)・ふるさとの文化財調査事業・1986年(昭和61年))
『郡山の伝説』は、郡山市教育委員会が大島建彦の監修を受けて昭和六十一年に編んだ伝説集である。昭和五十九年度の「ふるさとの文化財調査事業」で調査員が市内全域から採集した伝説を中心に、郷土誌などで補った話を収め、采女伝説や坂上田村麻呂・源義家・弘法大師にまつわる話が多い。『日本伝説名彙』にならって木・石岩・水・塚・坂峠山・祠堂・家村・祭礼行事の部に分け、各話に伝承地と報告者名を添え、巻頭に監修者の解説を置く。