鬼の手形が残る国見山の岩
どんな伝承か
中田町上石と高倉にまたがる海抜四百七十五メートルの国見山は、全山に奇岩や洞窟がある。昔、都を逃れた公家たちがこの山に住みつき、近郷を荒らして略奪したので、人々は鬼と呼んでいた。延暦十六年、坂上田村麻呂は拠点を金屋に置き、国見山に住む悪呂丸を征伐しようとした。道端の老婆が国見山を指して「アノ山だ」と教えた辺りは、今も中田町高倉字阿ノ山という。三日かかって鬼穴に攻め入ると、悪呂丸はついに武器を投げ出して降伏し、帰順の証として石に手形を押したという。その鬼の手かけ石が阿ノ山薬師堂の脇の山に残されている。
原典より
中田町上石と高倉にまたがる海抜四百七十五メートルの山で、ひときわ高くそびえる山が国見山である。—— 郡山の伝説(郡山市教育委員会(編)・大島建彦(監修)・ふるさとの文化財調査事業・1986年(昭和61年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
郡山の伝説(郡山市教育委員会(編)・大島建彦(監修)・ふるさとの文化財調査事業・1986年(昭和61年))
『郡山の伝説』は、郡山市教育委員会が大島建彦の監修を受けて昭和六十一年に編んだ伝説集である。昭和五十九年度の「ふるさとの文化財調査事業」で調査員が市内全域から採集した伝説を中心に、郷土誌などで補った話を収め、采女伝説や坂上田村麻呂・源義家・弘法大師にまつわる話が多い。『日本伝説名彙』にならって木・石岩・水・塚・坂峠山・祠堂・家村・祭礼行事の部に分け、各話に伝承地と報告者名を添え、巻頭に監修者の解説を置く。