御みこしを安置した御堂箭倉
どんな伝承か
郡山市西田町丹伊田に御堂箭倉と呼ばれる所がある。田村頼顕の次男頼政、のちの顕成がこの地へ進攻して黒鹿毛館を築くより前、そこには威をふるった豪族の館があったという。館の麓の土地は古殿と呼ばれている。この館の頂上には、三春の領主が毎年旧六月に大元神社の御みこしを安置し、七日の間、領民の疫病除けと領地の五穀豊穣を祈願した。御みこしを安置した場所は今も清浄の地として保存されており、それ以来この館を御堂箭倉と呼ぶようになったと伝えられている。
原典より
西田町丹伊田に御堂箭倉と呼ばれる所がある。—— 郡山の伝説(郡山市教育委員会(編)・大島建彦(監修)・ふるさとの文化財調査事業・1986年(昭和61年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
郡山の伝説(郡山市教育委員会(編)・大島建彦(監修)・ふるさとの文化財調査事業・1986年(昭和61年))
『郡山の伝説』は、郡山市教育委員会が大島建彦の監修を受けて昭和六十一年に編んだ伝説集である。昭和五十九年度の「ふるさとの文化財調査事業」で調査員が市内全域から採集した伝説を中心に、郷土誌などで補った話を収め、采女伝説や坂上田村麻呂・源義家・弘法大師にまつわる話が多い。『日本伝説名彙』にならって木・石岩・水・塚・坂峠山・祠堂・家村・祭礼行事の部に分け、各話に伝承地と報告者名を添え、巻頭に監修者の解説を置く。