小黒丸が祈願した宇奈己呂和気神社
どんな伝承か
郡山市三穂田町八幡にある宇奈己呂和気神社は八幡様と呼ばれ、延喜式内社である。宝亀年間の昔、この地に勢力の盛んな蝦夷が住んで村人を苦しめたので、朝廷は藤原小黒丸を征東大将軍として遣わした。小黒丸は戦が不利となり、いったん退いて高幡山に祀られていた宇奈己呂和気神社に戦勝を祈願した。宝亀十一年九月十九日のことである。下山して再び戦うと苦もなく打ち破ることができた。朝廷はその霊験を聞き、高幡山の前後から流れる川の合流地点で山崎という地へ奉遷するよう命じ、延暦三年四月三日に奉遷したという。例祭は春季が四月三日、秋季が九月十九日である。現在の神殿は宝永四年、二本松城主丹羽左京太夫が造営したものだという。
原典より
三穂田町八幡にある宇奈己呂和気神社は、八幡様と呼ばれ村人の信仰をあつめている。—— 郡山の伝説(ふるさとの文化財調査事業・昭和六十一年(1986)刊/監修 大島建彦) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
郡山の伝説(ふるさとの文化財調査事業・昭和六十一年(1986)刊/監修 大島建彦)
福島県郡山市(旧安積郡・田村郡域、湖南・熱海・三穂田・逢瀬・西田・中田ほか各町)に伝わる伝説を、木/石・岩/水/塚/坂・峠・山/祠堂/家・村/祭礼・行事の八部門に分類して集成する。坂上田村麻呂や阿古陀媛・采女伝説・萩姫、源義家ら前九年の役の人物伝承、淵や池の主・龍神・河童、弘法大師の清水、稲荷・観音・地蔵の霊験、長者伝説や埋蔵金、隠れキリシタンなど、郡山の地に根ざした怪異・霊験・由来譚を伝承地つきで網羅する。