二度の役に建て継がれた白幡神社
どんな伝承か
三穂田町川田に白幡神社がある。祭神は高良玉垂命と武内宿禰を主神とし、副神は誉田別尊と素戔鳴尊と伝えられる。副神は応永年中に、川田館の館主である川田左衛門尉祐義が、自分の信仰していた祭神を合祀したものだという。社宝には安和二年と刻まれた如来の仏像もあると伝わる。また陸奥守源頼義が安倍頼時を討つ前九年の役でこの地に来たとき社殿を再建し、寛治元年に源義家が出羽金沢の柵を落として清原武衡を征伐したときには社殿を修復したという。しかし天文十七年、戦乱のために社殿は焼失し、寛永六年に今の地へ仮の宮を建てて、そのまま現在に至っている。
原典より
白幡神社は、昔、応神天皇を祀る八幡宮と称していたが、八幡宮では社格が高く、費用がかかり氏子の支弁が容易でないということで、縁起を改めたという。—— 郡山の伝説(郡山市教育委員会(編)・大島建彦(監修)・ふるさとの文化財調査事業・1986年(昭和61年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
郡山の伝説(郡山市教育委員会(編)・大島建彦(監修)・ふるさとの文化財調査事業・1986年(昭和61年))
『郡山の伝説』は、郡山市教育委員会が大島建彦の監修を受けて昭和六十一年に編んだ伝説集である。昭和五十九年度の「ふるさとの文化財調査事業」で調査員が市内全域から採集した伝説を中心に、郷土誌などで補った話を収め、采女伝説や坂上田村麻呂・源義家・弘法大師にまつわる話が多い。『日本伝説名彙』にならって木・石岩・水・塚・坂峠山・祠堂・家村・祭礼行事の部に分け、各話に伝承地と報告者名を添え、巻頭に監修者の解説を置く。