女人が守るお神明様の祭り
どんな伝承か
郡山市富久山町久保田の東の方には、かつて天台宗の慶正覚寺があったと伝えられる。天正の戦乱の世に兵火で焼け落ち、その一帯は俗にお神明様と呼ばれてきた。昭和の初め、耕地整理の折に田の中の一枚の畑の下から、百年以上を経たとみられる枯れた大木の根が二十株も現れ、ここがお神明様の祀られていた場所だとされた。のちに守り役の家が他町へ移ることになり、御神体は日吉神社へ預けられて以後は社が守っている。祭は二月二十八日、お神明様は女人の守り神であるため、総世話人も三人の世話人もみな女で、百人以上の女性が集まる盛大な祭となる。御神体が出御し、人々は無病息災を祈って肩を叩き、身体をさすってもらうという。
原典より
富久山町久保田の東方に、天台宗の慶正覚寺があったと伝えられる。—— 郡山の伝説(郡山市教育委員会(編)・大島建彦(監修)・ふるさとの文化財調査事業・1986年(昭和61年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
郡山の伝説(郡山市教育委員会(編)・大島建彦(監修)・ふるさとの文化財調査事業・1986年(昭和61年))
『郡山の伝説』は、郡山市教育委員会が大島建彦の監修を受けて昭和六十一年に編んだ伝説集である。昭和五十九年度の「ふるさとの文化財調査事業」で調査員が市内全域から採集した伝説を中心に、郷土誌などで補った話を収め、采女伝説や坂上田村麻呂・源義家・弘法大師にまつわる話が多い。『日本伝説名彙』にならって木・石岩・水・塚・坂峠山・祠堂・家村・祭礼行事の部に分け、各話に伝承地と報告者名を添え、巻頭に監修者の解説を置く。