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静と乳女を葬る堂と乳女桜

所在地福島県郡山市大槻町針生(静御前堂)
年代文治年中・寛文十二年
登場静御前、源義経、行者千海、大河原勘兵衛、源頼朝、大河原民部佐秀、大河原勝衛、義経を追った兄、大槻の館主伊藤の臣、報告者
出典郡山の伝説

どんな伝承か

大槻町針生に一宇の堂があり、静御前堂と呼ばれている。文治年中、義経を慕う静御前は乳女と下僕の小六を伴って東路を下り、三穂田の八幡宮に参籠して対面を祈った。翌日、八幡宮の坂道で化粧をしたので、今もその坂を化粧坂と呼ぶ。大槻で小六が急死し、その地を小六ヶ峠という。静と乳女は行方を追えぬと嘆き、御被を脱ぎ捨てて池に身を投げた。御被を捨てた池を被沼、身を投げた池を美女池という。里人は御堂の地に静を、少し離して乳女を葬り、墓標に桜を植えた。これを乳女桜という。寛文十二年、行者千海の加持を受けて柳の古木を伐り、その木で静と乳女の木像を造って堂を再建したという。

原典より

大槻町針生に一宇の堂があるが、静御前堂と呼ばれている。—— 郡山の伝説(郡山市教育委員会(編)・大島建彦(監修)・ふるさとの文化財調査事業・1986年(昭和61年)) より引用
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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

郡山の伝説(郡山市教育委員会(編)・大島建彦(監修)・ふるさとの文化財調査事業・1986年(昭和61年))

『郡山の伝説』は、郡山市教育委員会が大島建彦の監修を受けて昭和六十一年に編んだ伝説集である。昭和五十九年度の「ふるさとの文化財調査事業」で調査員が市内全域から採集した伝説を中心に、郷土誌などで補った話を収め、采女伝説や坂上田村麻呂・源義家・弘法大師にまつわる話が多い。『日本伝説名彙』にならって木・石岩・水・塚・坂峠山・祠堂・家村・祭礼行事の部に分け、各話に伝承地と報告者名を添え、巻頭に監修者の解説を置く。

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静御前源義経美女池参籠木像

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