花を豆蒔きの目安にした豆蒔桜
どんな伝承か
久保部落に稲荷の祠がある。その祠の近くに、周囲二抱えばかりの古い桜樹があった。里人は花の咲く時期を候として豆を蒔いたので、これを豆蒔桜と呼び、保護につとめてきた。しかし遂に枯死してしまい、現在は大きな根のみが名残りをとどめているという。韮崎市穴山町久保に伝わる木の伝説で、原典は長坂彰の遺稿「穴山村誌」から採ったものと記している。
原典より
稲荷の祠近くに周囲二抱許りの古桜樹があった。—— 韮崎市の民話伝説(韮崎市教育委員会・1967年(昭和42年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
韮崎市の民話伝説(韮崎市教育委員会・1967年(昭和42年))
『韮崎市の民話伝説』は、韮崎市教育委員会が昭和四十二年に発行した民話・伝説集である。韮崎・円野・中田・穴山・藤井・神山・穂坂・清哲・旭・大草・竜岡の十一町で民俗資料調査員が集めた百六十八話を収め、武田信玄・勝頼や鎮西八郎為朝、弘法大師の話、山の神のたたりや化かされた話などに話者名や『裏見寒話』などの出典を添える。巻頭に昔話と伝説の解説を置き、本文を木・石・水・塚・坂峠・山・谷沢・屋敷跡城址・祠堂・その他の十部に分ける。