夫を殺したお姫と袖を引く橋
どんな伝承か
大草町上条東割に、天保年間、一軒の床屋があった。その妻はすこぶる美しく、人々から「お姫さま」と呼ばれていた。当時の名主はその美貌に惹かれて相愛の仲となり、お姫は名主と共謀して自分の夫を暗殺してしまう。やがて悪事が露見し、名主は首をはねられ、お姫は村内を引き回されたうえ、坂下の田の中で手荒い仕置きを受けた。その後この田を作ると不吉があるといわれ、またお姫屋敷の近くのせぎの橋を渡るときは袖を引かれるといって、女や子供は袖を握って通ったと伝えている。
原典より
天保年間この地に床屋があった。—— 韮崎市の民話伝説(韮崎市教育委員会・1967年(昭和42年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
韮崎市の民話伝説(韮崎市教育委員会・1967年(昭和42年))
『韮崎市の民話伝説』は、韮崎市教育委員会が昭和四十二年に発行した民話・伝説集である。韮崎・円野・中田・穴山・藤井・神山・穂坂・清哲・旭・大草・竜岡の十一町で民俗資料調査員が集めた百六十八話を収め、武田信玄・勝頼や鎮西八郎為朝、弘法大師の話、山の神のたたりや化かされた話などに話者名や『裏見寒話』などの出典を添える。巻頭に昔話と伝説の解説を置き、本文を木・石・水・塚・坂峠・山・谷沢・屋敷跡城址・祠堂・その他の十部に分ける。