弘法大師が洞穴で刻んだ穴観音
どんな伝承か
平安時代のはじめ、弘法大師が諸国を巡歴した折、韮崎町の七里岩にある「鬼が鼻」のほら穴で修行していると、一夜、空中に紫の雲がただよい、香がかおるなかに正観音が現れて、仏道の教えを授けたという。大師は歓喜のあまり十七日間信心し、一刀三礼して観音を刻んだと伝えられている。その後は千体仏の寄進などもあって、このほら穴はいよいよ人々の信仰があつく、穴観音の祭典も盛大に行われるようになったという。北巨摩郡誌に載る伝えである。
原典より
今から約二千年前、平安時代のはじめ、弘法大師が諸国巡歴のおり、七里岩の「鬼が鼻」のほら穴で修業していると、一夜空中に紫の雲がただよい、香が粉々とかおるなかに、正観音があらわれ、仏道の教えを、お授けになった。—— 韮崎市の民話伝説(韮崎市教育委員会・1967年(昭和42年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
韮崎市の民話伝説(韮崎市教育委員会・1967年(昭和42年))
『韮崎市の民話伝説』は、韮崎市教育委員会が昭和四十二年に発行した民話・伝説集である。韮崎・円野・中田・穴山・藤井・神山・穂坂・清哲・旭・大草・竜岡の十一町で民俗資料調査員が集めた百六十八話を収め、武田信玄・勝頼や鎮西八郎為朝、弘法大師の話、山の神のたたりや化かされた話などに話者名や『裏見寒話』などの出典を添える。巻頭に昔話と伝説の解説を置き、本文を木・石・水・塚・坂峠・山・谷沢・屋敷跡城址・祠堂・その他の十部に分ける。