為朝の管矢と矢取りの鬼
どんな伝承か
神山町宮地の武田八幡宮の左方、山の内に、鎮西八郎為朝の宮がある。疱瘡にかかったときは、ここに願がけをするならわしであった。昔、為朝は伊豆の島から二匹の鬼を連れてこの地に来て、二十余町ほど東南の韮崎宿の船山に的を置き、遠矢を射て二匹の鬼に矢取りをさせた。道のりが遠くて鬼どもは難儀し、ついには射た矢を途中で拾って為朝のところへ持って来るようになった。そこで為朝は考えて管矢を射ることにした。鬼どもが途中で矢を取ると管ばかりが手に残り、本矢は管を抜けて船山へ射通してしまうので、鬼どもは赤面したという。ワニルは甲州の方言でふざけるという意味である。
原典より
武田八幡宮の左方、山の内に鎮西八郎為朝の宮があって疱瘡の時は願がけをする。—— 韮崎市の民話伝説(韮崎市教育委員会・1967年(昭和42年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
韮崎市の民話伝説(韮崎市教育委員会・1967年(昭和42年))
『韮崎市の民話伝説』は、韮崎市教育委員会が昭和四十二年に発行した民話・伝説集である。韮崎・円野・中田・穴山・藤井・神山・穂坂・清哲・旭・大草・竜岡の十一町で民俗資料調査員が集めた百六十八話を収め、武田信玄・勝頼や鎮西八郎為朝、弘法大師の話、山の神のたたりや化かされた話などに話者名や『裏見寒話』などの出典を添える。巻頭に昔話と伝説の解説を置き、本文を木・石・水・塚・坂峠・山・谷沢・屋敷跡城址・祠堂・その他の十部に分ける。