新府落城と青木の座頭塚
どんな伝承か
天正九年、武田勝頼は新府に築城したが、完成しないうちに信長に攻められ、落城の憂き目にあった。このとき「隠座頭夫人」を、城から西方に離れた青木区の小山に葬ったという。新府の祭典は毎年旧三月二十九日と定まっていたが、季節や地方の事情で変わった。里人の伝えでは、この日は奇蹟的な現象があり、新府城の北の堀に立って塚を眺めると絹小袖を干したのが見え、塚から北堀を望めば八重垣姫の化粧道具や勝手道具まで見えるという。座頭塚の上には近頃まで三百数十年を経た老杉古松が茂っていたが、いつのまにか伐り倒された。塚の持主は宝物が秘められているという夢告や占いにより数年掘ったが、支那銭や土器の破片を見たばかりであった。
原典より
天正九年武田勝頼は、新府に築城したが、未だ完成しないうちに、信長のために攻められ、ついに落城の憂き目にあった。—— 韮崎市の民話伝説(韮崎市教育委員会・1967年(昭和42年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
韮崎市の民話伝説(韮崎市教育委員会・1967年(昭和42年))
『韮崎市の民話伝説』は、韮崎市教育委員会が昭和四十二年に発行した民話・伝説集である。韮崎・円野・中田・穴山・藤井・神山・穂坂・清哲・旭・大草・竜岡の十一町で民俗資料調査員が集めた百六十八話を収め、武田信玄・勝頼や鎮西八郎為朝、弘法大師の話、山の神のたたりや化かされた話などに話者名や『裏見寒話』などの出典を添える。巻頭に昔話と伝説の解説を置き、本文を木・石・水・塚・坂峠・山・谷沢・屋敷跡城址・祠堂・その他の十部に分ける。