穴山駅付近の轢死と供養塔
どんな伝承か
中央線の開通工事では、穴山駅付近がとりわけ難工事だったという。よそから来た人夫たちに土地の女性が辱められることがあり、当時は女性が夜に一人で歩けなかったと老婆たちは語る。さらに人夫同士が酒に酔っては喧嘩を重ね、殺傷沙汰で工事の終わりまでに二十人近くが死に、遺体は線路の下に埋められたという。以来、駅付近では轢死が相次ぎ、一時は七人が次々と同じ場所でひかれ、村人は魔の所業と恐れた。そこで村の有志と鉄道関係者が相談し、大正十四年十二月に塔を建てて供養すると、不思議にもそれから轢死はまったくなくなったという。
原典より
中央線の開通工事中穴山駅附近の工事は極めて困難であったとの事である。—— 韮崎市の民話伝説(韮崎市教育委員会・1967年(昭和42年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
韮崎市の民話伝説(韮崎市教育委員会・1967年(昭和42年))
『韮崎市の民話伝説』は、韮崎市教育委員会が昭和四十二年に発行した民話・伝説集である。韮崎・円野・中田・穴山・藤井・神山・穂坂・清哲・旭・大草・竜岡の十一町で民俗資料調査員が集めた百六十八話を収め、武田信玄・勝頼や鎮西八郎為朝、弘法大師の話、山の神のたたりや化かされた話などに話者名や『裏見寒話』などの出典を添える。巻頭に昔話と伝説の解説を置き、本文を木・石・水・塚・坂峠・山・谷沢・屋敷跡城址・祠堂・その他の十部に分ける。