浅川山に開かれた瑞雲院の来歴
どんな伝承か
浅川の瑞雲院は大同元年の創立と伝えられ、浅川山の東麓の老杉林の中に建つ。勅願所とされ、昔から格式のある寺であった。開基の通覚正僧正は紀州山麓の浅浦長者の子に生まれ、幼くして仏門に入って熊野に登り、のち高野山で学問を積んで名僧となった。僧正はそれに甘んじず東北を巡って庶民を教化し、各地に遺徳を残した。やがて出羽に入り、道場を求めること五年、建久三年四月に浅川山へ万年寺を建立した。建立には浅川の豪族三浦奈須為康が尽力したという。当時は真言宗であったが、応永九年二月、総持寺の峨山大僧正の二十五哲と称された月泉禅寺が来て曹洞宗に改め、万年寺を瑞雲院と改号したと伝えられる。
原典より
浅川の瑞雲院は大同元年の創立と伝えられており、浅川山の東麓の老杉林中に建っています。—— 高畠町伝説集(山形県立高畠高等学校文芸班(編)・1957年(昭和32年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
高畠町伝説集(山形県立高畠高等学校文芸班(編)・1957年(昭和32年))
『高畠町伝説集』は、山形県立高畠高等学校文芸班が熊木成夫教諭の指導で編み、昭和三十二年に高畠町伝説集刊行会から発行した伝説集である。高畠町とその周辺に伝わる社寺の縁起、人物、怪異、動物、地名の由来などを、古老からの聞き書きと古記録から採り、内容の多くは郷土研究家安部名平次の蒐集による。神仏・人物・怪異・動物・什物・地物・地名・地誌の八篇に分け、町長の序と校長・安部名平次・武田好吉の文、編者の後記を付す。