石間城の五月幟の禁忌
どんな伝承か
城峯山の頂上から東南に少し降った所にある石間城跡は、将門の弟御厨三郎将平の居城の跡と伝えられる。小林栄一老の話によれば、城峯山の西麓、矢納村の鳥羽宇那室では五月の幟を立てない。将平が石間城に住んでいた折、この地で端午の節句に幟を立てたところ、秀郷の軍が旗を立てて攻めて来たのと見間違えたためで、以後、将平の怒りによって禁じられたのだという。門平の集落では将門が白馬を用いたことから在家で白馬を飼わず、飼えば三年を経ずに死ぬともいわれている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
将門伝説——民衆の心に生きる英雄(梶原正昭・矢代和夫・1966年(昭和41年))
『将門伝説——民衆の心に生きる英雄』は、梶原正昭と矢代和夫が一九六六年に著した平将門の伝説の研究書である。茨城県岩井町をはじめ各地の伝説地の踏査と、縁起・古記録・地誌をもとに、将門の怨霊と調伏、七人の影武者、子の良門や娘の如蔵尼、寵妃桔梗ら落人の行方、後裔を名告る家々、伝説の伝播と文芸化をたどる。序章と三篇からなり、巻末に青森県から鳥取県までの伝説分布と、寺社縁起など関係文献の抄録を附録として付す。