子飼の渡しで祖霊の像に敗れた将門
どんな伝承か
まだ一族の私闘の段階だった承平七年八月六日、常陸と下総の国境にある子飼川の渡しで将門は良兼の軍に囲まれた。『将門記』によれば、良兼はその日の出陣の儀式で、故上総介高望王や故陸奥将軍良持ら平氏の祖先の霊像を陣頭に掲げて戦った。そのため明神の怒りが将門に向かい、将門は祖霊に心ならずも刃向かう形となって、この戦いで大敗を喫したという。楊守敬本や蓬左文庫本は「将門のために神明の怒りあり」と、神の怒りが将門に下ったことをいっそう明確に記している。著者は、敵を自分の守護神への敵対者に仕立てて神の怒りを誘う戦勝祈願の信仰が東国武人の間に生きていたとみている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
将門伝説——民衆の心に生きる英雄(梶原正昭・矢代和夫・1966年(昭和41年))
『将門伝説——民衆の心に生きる英雄』は、梶原正昭と矢代和夫が一九六六年に著した平将門の伝説の研究書である。茨城県岩井町をはじめ各地の伝説地の踏査と、縁起・古記録・地誌をもとに、将門の怨霊と調伏、七人の影武者、子の良門や娘の如蔵尼、寵妃桔梗ら落人の行方、後裔を名告る家々、伝説の伝播と文芸化をたどる。序章と三篇からなり、巻末に青森県から鳥取県までの伝説分布と、寺社縁起など関係文献の抄録を附録として付す。